つまり、すべての「書くこと」に向けて。

Writing Office Coelacanth Talks
ライティングオフィス シーラカンストークス
Richard won's NINSHIN Quest
~顔に泥がついている育児日記~
2.日本橋OL妊婦事情


つわりの下北沢駅

私はつわりが始まったまさにその瞬間をよく覚えています。
当時私は国分寺に住んでいたのですが、土日は相模大野に住む彼氏の家に滞在するという通い彼女をやっていました。つきあいも長くなってきたし、面倒なのでどこかに一緒に住めばいいじゃんという話なのですが、「国分寺が好きだし」「相模大野気に入ってるし」でお互い譲らず。中距離恋愛続行。妊娠がわかってもこの生活をすぐに変えることができず、月曜日は相模大野から日本橋まで出勤することになりました。
使う電車は小田急線。7時前に相模大野を出る電車に乗れば、運よく座れることもあります。だから最初の数週間はよかったんです。それでも。
6週か7週に差し掛かったある月曜日。急行新宿駅行きの小田急線の中。つり革につかまって立っていた私に突然やってきた猛烈な吐き気。大げさと思われるかもしれないけれど、奈落の底に突き落とされるような激しい吐き気だったのです。
私はつわりというのが徐々にやってくるものだと思っていたので、「これがつわり?」とも思わず。心当たりのない吐き気に対して、時間が経てば治まるだろうと思ってしまったのです。違ったんですね。それは本当に突然やってくるものでした。
いま思えば、うん、嘔吐下痢症の嘔吐スタートに似てる。
下北沢駅で30分

ついにはしゃがみこんでしまった私。前の席に座っていた男性が
「大丈夫ですか?席、お譲りしましょうか?」
と言ってくれたのですが、つい断ってしまいました。
「ありがとうございます。でも、次で降りますから。」
しかし、急行の「次」は長いんだ。
まだ妊婦の自覚もないし、自分の身体を労わるという頭もないし。それがそんな強がりを言わせてしまったようなのです。目の前で女性が座り込んでいるという居心地の悪さを味わわせるくらいなら譲ってもらうべきだった…。と後で反省。
やっとのことで下北沢駅に着き、トイレに駆け込んでやっと少し楽になりましたが(もちろん胃の中のものを出せたから)、近くのベンチに座って30分ほど動けなくなってしまいました。
普段から「定時30分前出勤」を心がけていた私ですが、それでもこのままじゃ遅刻しちゃう。フレックスタイム制を導入していた会社でしたが、さすがに連絡なしではだめなのです。
すぐに連絡を入れ
「すみません、いつ辿り着けるかわからないです…」
と伝えました。
それから、なんとか座れる各駅停車で新宿駅へ。地下鉄の乗り換えるも、また途中下車で休憩、休憩。いつもは1時間半で到着する日本橋に3時間近くかかってしまいました。
なんなの?これ。人生で経験したことのない気持ち悪さなんだけど。
出勤後の先輩との会話でようやく「これ、つわりかも?」と自覚。
つわりはよく言われる「3ヶ月」よりずっと早くやってくるし、本当にいきなりやってくる。その落差は非常に激しいかもしれない。私のように。特に電車通勤の方は覚悟して備えてくださいね。最悪、それこそゲロ袋でもいい。
その後、もう少し新宿に近い駅で私たちは同居を始めました。それでも、結局重役出勤だった私。つわりは産むまでおさまらず、本当に辛かったです。
りちゃ担当案件爆発ジンクス

「りちゃの担当案件は爆発する」
…それが私に言われていたジンクス。
当時の私の仕事は少し営業色もある事務。妊娠しても同じ会社で同じ仕事を続けました。事務ではあるのですが、チームで打ち合わせを繰り返しつつ自分なりのやり方で進めていく、という、自由度が高く責任が重い仕事です。ただし、どの案件を担当するかだけは選べません。その時の状況に応じて、上司が振り分けたり、部署内で話し合ったりして決めます。
私はこの会社に転職以来ずっとばたばたとして、落ち着くことがありませんでした。というのも、担当する案件の動きが激しかったからです。
正確に言うと、「担当すると激しくなってしまう」からです。
いわゆる「下火になっていた案件」を、書類整理のために引き継いだら、会社が「今年はこの案件を売り込む!」と決めてしまったり。もちろんその決定に私の存在は関係ありません。ただただ偶然なのです。それがまんまと続いていただけなのです。
大きなセミナーの会場になるホテルを抑えたり、セミナーの申し込みを受けたり。お客さんに配布する資料を作って、次々にやってくる契約書をさばいて…と、いつも残業ばかりしていました。
新しい仕事を持ってきた上司が、ぱんっと両手を合わせて
「りちゃさん、申し訳ないっ!」
とか言うわけです。でも楽しくて、全然苦じゃなかった。
だけど、さすがにつわりのせいで体がついていかない。
「なんでだろうね~。ほんと、爆発するんだよね。りちゃの案件て」
「なんででしょうね~。」
もう妊娠してるんだから、さすがにこのままじゃだめだよね。
部署内の事務メンバー全員が集まって、私の仕事を考え直してくれました。
妊婦りちゃにあてがわれた仕事は、とある社内事務の窓口。外のお客様とのやりとりが発生する案件だから「爆発する」んだよ、この仕事なら社内だし、落ち着くよ。
そんなみなさんの暖かな思いやりが嬉しくて。私は喜んで仕事を引き受けました。しばらくは自分の仕事を引き渡す引継ぎで大変だけど、それが終わったら12時出勤でも定時退社できるはず。
しかし、引継ぎを終えて落ち着いた頃。社長の意思により、社内制度が大きく変更。まさに、私が窓口をやっていたことがまた「爆発」したのです。
「なんで?ほんとになんで?」
「なんででしょうね~?」
私が聞きたい。
それでも、やりとりする相手が社内の人間ばかりだったので、精神的にはずっと楽でした。
「いつもお世話になっております!株式会社○○の・・・」
じゃなくて、
「すみませ~ん、S課のりちゃです。あのね、あの件なんですけどね」
であることの気楽さ。
結局、退社時間は20時から21時、それを過ぎることもありましたが、17時の帰宅ピークは避けられるし、なによりもう数ヶ月後にはゴールが見えてる。
あれこれ言わずにやることやるぜ。できないことは、お願いするぜ。
そう決めて乗り切りました。
結局妊娠8ヶ月まで働き、無事産休に入りました。事情があって結局退職しましたが、このときお世話になった先輩たちとは、今でもおつきあいがあります。私は、人と仕事に恵まれていた。心からそう思います。今のライティング事務所経営も、この企業での経験がなければ絶対にできていなかったと思います。本当に。
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