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絵ではない絵、「浮世絵」の世界に魅せられて

2016年3月2日、TBSテレビの番組「所さんの日本の出番」にて、ある一人の外国人が紹介された。その人の名はデービット=ブル(64)。日本の伝統芸術である「浮世絵」に魅せられたカナダ人である。東京都台東区浅草に居を構える工房「木版館」にて、日夜創作活動に打ち込むブル氏は、訪れた取材班に自らが考える「浮世絵の魅力」について語った。
Writer:酒井 駿/hifumi1239参考:David Bull's Channel /Woodblock Shimbun
浮世絵は、「絵」ではない!?

「現代の人たちは、浮世絵を『絵』だと思っています。しかし、私にいわせれば浮世絵は『絵』ではありません」
冒頭から意外な言葉を口にしたブル氏は、工房に展示してある自らの作品の中からおもむろに一枚の浮世絵を手にとり、例を示した。
「今、天井に照明がついています。このように上からの明かりで浮世絵を照らすと、一見したところ印刷物か木版画かわかりません。しかし、紙を横にして斜めから光を当てたらどうなるでしょうか?」
作品に描かれているのは梅の木と満月。真上から照明が当たっているときは、何も変わったところはない。しかし、ブル氏が手にした作品の角度を動かすと、浮世絵には大きな変化が生じた。梅の木から梅の花が、そして背景から満月が立体的に浮かび上がってきたのである。
浮世絵が登場した江戸時代には、天井から降り注ぐ照明などない。人々は行灯など、斜め方向から降り注ぐ光を使って作品を鑑賞していた。ブル氏が我々に伝えたかったのは、「浮世絵は斜めからの光を使って鑑賞する、立体的な芸術である」ということであった。
忘れられた「摺師の技」

複数の職人が創りだす「共同芸術」であること・・・、これも浮世絵が普通の「絵」とは異なるもう一つの理由だ。浮世絵づくりは、まず「絵師」が作品のデザインを決めることから始まる。デザインが決まると、「彫師」が木版にデザインを彫り、最後に「摺師」が和紙に色を摺ることで作品は完成する。
ブル氏は彫りと摺りの工程を公開してくれた。彫りの工程では、木版に写したデザインの原型を元に、匠に彫刻刀を使いながら板を削っていく。細い線を削るときは、1mm未満の仕事になるという。当然、完成までには途方もない時間がかかるが、「好きなことをやっている時間が長く続くのは楽しいです」と気にする様子はない。
続く摺りの工程では、絵の具を木版の上に伸ばし、ばれんで色を和紙に摺り込んでいく。「多色摺り」と呼ばれるカラフルな作品の場合、色の数だけ木版を用意し、摺りの工程を行わなくてはならない。
「摺りは浮世絵づくりにおいて極めて重要な工程です。しかし、江戸時代の浮世絵作品は、『歌麿・広重・北斎』というふうに、絵師の名前しか残っていません」
ブル氏によれば、過去の名作が持つ美しさのうち、多くの部分を生み出してきたのは絵師よりも摺師の技術であるというのだ。
「多くの素晴らしい作品の美しさを生み出してきた摺師の名前が現代に残っていないのは寂しいことです」と、ブル氏は心から残念そうな表情を見せた。
独学で技術を学び、プロとして独立

素晴らしい技術を持つブル氏だが、これらの技術は誰かから習って身につけたものではない。
「最初は、日本人の職人がいる工房を訪れ、弟子入りしようと試みたこともありました。しかし、彼らは外国人である私を見ると、道具などを全て隠してしまいます。そうした反応を見て、職人への弟子入りは断念しました」
その後、英会話講師の仕事を続けながら独学で勉強。「最初は彫刻刀の代わりにカッターナイフを使っていた」という、文字通りゼロからのスタートだったが、8年の歳月をかけてプロの彫師兼摺師としての独立を果たした。独学ゆえ、「細い線を彫るときには顕微鏡を使う」といった、日本の職人とは異なるやり方をとることもある。しかし、国指定伝統工芸士の資格を持つ彫師、朝霞元春氏は、ブル氏の作業光景をおさめた動画を見て、「日本で五本の指に入る」と、その技術力に太鼓判を押した。
職人の数が減り続ける浮世絵界を救う手立ては?

ブル氏は、浮世絵界の現状に危機感を抱いている。
「明治時代には数千人いた摺師が、大正時代には数百人とどんどん減っていき、現在では数十人しかいません。職人がここまで減少した原因は、版画を出版する人たちに新しいアイデアがなかったからです。江戸時代と同じ、歌麿の美人画や広重の風景画のようなものしかつくっていません。この平成の時代にそうした昔とまったく同じ作品を欲しがる人がどれだけいるでしょうか?」
『誰もやらないのなら、自分がやる』
そう考えたブル氏は、「新しい浮世絵の売り方」を次々に打ち出していった。
楽しいストーリーで、浮世絵のファンを増やす

ブル氏が打ち出した「新しい浮世絵の売り方」の代表といえるのが、百人一首それぞれの絵柄を1枚の浮世絵にしたもの。1枚1万円と値段は決して安くはなかったが、合計100セット、約1億円もの売上を挙げるヒット作となった。
大ヒットを産んだ秘密は、浮世絵に付属した「解説文」。絵柄1枚ごとに、それぞれの短歌の解説、作者のエピソードなどを日本語・英語で記載した資料を添付したのだ。こうした施策が功を奏し、日本ばかりでなく海外でも広く評価されることにつながったのである。
「単に物を売るだけでは意味がない。それよりも、作品にまつわる楽しいストーリーを伝えることで、買った人に作品のファンになってもらう・・・」
それが、ブル氏のアイデアに込められた狙いであった。
ブル氏が考えた「新しい浮世絵の売り方」はこれだけではない。浮世絵制作の工程を動画にして、動画サイト「Youtube」にアップロードし、世界中の人がみられるようにしたのである。
「動画を見ることによって、その人の頭の中に『作品ができあがるまでのストーリー』ができあがります。最初はあまり浮世絵に興味がなかった人でも、動画を見ていくにしたがって徐々にそのストーリーがドラマティックに見えてくることでしょう。それが、作品を購入することにつながるのです」とブル氏は語る。
制作の過程を動画で公開した浮世絵は、通常「月に60枚売れれば上出来」といわれる浮世絵界において、最大で200枚も売れるという大きな成果をあげることになった。
新たな需要の増加で職人の増加に貢献

こうしたブル氏のアイデアは、徐々に浮世絵界にも変化をもたらしつつある。
たとえば、ブル氏が営む浮世絵工房「木版館」は、現在では外部契約スタッフを含めて総勢15人。浮世絵工房としては異例の大所帯である。ブル氏の浮世絵がヒットすることによって、新しい職人の雇用が生まれているのだ。また、工房内だけに留まらず、彫刻刀や和紙、ばれんなどの道具を生み出す職人にも新たな仕事を供給している。
人間のタッチがあるかぎり、浮世絵の価値は変わらない

インタビューの最後に、ブル氏は自身が思い描く「浮世絵の未来」について語ってくれた。
「いつかは、手掘りではなく、レーザーや3Dプリンターなどの機械を使って版木をつくらなければならなくなるでしょう。なぜなら、今のままだと彫師が版木を掘らなければ、摺師には仕事が生まれないからです」
時代の変化に対応するため、浮世絵は変わらなければならない。しかし、変わる部分はあっても、変わらない部分もある。
「もし、機械で版木をつくったとして、摺師がそれを擦れば、その時点で作品に人間のタッチが加わります。作品の中に人間のタッチがある限り、浮世絵の価値が失われてしまうことはありません」
浮世絵という文化を未来に残すため、ブル氏の挑戦は続いていく。
【文字数について】
この記事は3000文字相当です。スマホには適さないかもしれません。
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